鷺宮の壷井栄とオリーブの緑

  沼袋には豊多磨刑務所があり、治安維持法違反でそこに投獄されていた文化団体の人達の中に私のつれあいもいたからだ。(中略)

さういう思いのからまった西武電車の沿線に、友人にすすめられて月賦住宅を立てようと計画したのが昭和十六年であった。沼袋からさらに三駅奥の鷺宮で、そのとき、私の今いる土地は、大根畑であった。坪二十銭で借りうけ、さっそくに建築にとりかかったのだが、資材不足で苦労しながらようやく移り住めたのが秋の彼岸の中日だった。ガスも水道もない。一足でると西も東も田である。

壺井 栄 『鷺宮二十年』 

中野と一口に言っても鷺宮まで来るとさすがにまだ郊外の住宅地である。都心への乗り入れの機会を失った西武新宿線は最近とみにローカル色が濃く、通勤時間帯に現出する開かずの踏み切りは沿線の住民の怨嗟を浴びているのだが展望が見えないでいる。

しかし、昭和の初め西武農業鉄道の新井薬師、沼袋、野方、都立家政、鷺宮と続く5駅の開設が、関東大震災のあとの沿線に都心からの人口の流入を受け入れる機会となったことは否定できない。青梅街道に沿って出来た第一の中野、中央線の開通によって発展した中野や東中野の周辺の第二の中野に続く、いわば第三の波となったのである。

昭和7年 鷺ノ宮駅 昭和16年 鷺宮の風景

今日は朝から好天の光に誘われて鷺宮の南、妙正寺川沿いに野方あたりまで下るつもりである。そのあたりの現在の町名は白鷺と言う、私は町の名前に惹かれて23区を散歩しているのだが、出かけてみたくなる町名である。その白鷺へは阿佐ヶ谷から関東バスを使うと案外に近く、阿佐ヶ谷の欅並木の延長上にある町といってよいくらいである。


白鷺1丁目の佇まい

バスを降りてとりあえず八幡神社と福蔵院を訪れる。このあたりは駅の傍で湾曲している妙正寺川に突き出した台地で、高木に鷺が群れていたら周囲の田圃からは良く見えただろう。なるほど鷺宮の名の言われが納得できるのである。昭和30年代の住居表示の実施にあたって、地元の人達がこのあたりを白鷺としたのもうなずけるところである。

壷井栄さんが60年前に家を建てたあたりは、八幡神社から少し南へ行った所で、なるほど壷井さんの文章の一節にあるように、中杉道路をこえて東へ下っても、西へ下っても妙正寺川に沿って田圃が広がっていただろう。特に東側のいま建てかえが進行している団地群のあたりは、それを髣髴とさせるものがある。それは私が昭和初期の鷺宮田圃の写真みているからかもしれないが、今日のように晴れた日には鷺宮からは富士山が良く見えたようである。


昭和の初期の鷺宮.

白鷺一丁目には高木の欅の屋敷林がのこっているのでそれをみてから、妙正寺川に新設されたオリーブ橋に下る。

対岸にある若宮小学校の子どもたちの提案で名づけられた橋で、若宮小学校にはオリーブ館という生涯学習の部屋もある。

白鷺に残る屋敷林

オリーブ色のオリーブ橋

オリーブは小豆島出身の壷井栄さんが戦後鷺宮で書かれた小説「二十四の瞳」にちなむもので、舞台となった岬の分校の本校にあたる内海町立苗羽小学校とは平成6年以来、姉妹校の提携をしている。つい昨年の12月にも苗羽小音楽部の児童が若宮小学校を訪れての交流会が行われたそうだ。

若宮小学校の南にある若宮3丁目公園は雑木林の雰囲気を残した公園で、インデアンサマーの今日は大休止して物を考えるのにちょうど良い場所である。


雑木林風な公園

岬の分校にまで養成した若い女の先生を派遣して、教育を保障するのも国家の力量であったことは間違いないところだし、兵士となって銃が撃てるのもまた教育の力であることは否定できないのである。

特攻隊の映画は昔から涙なくして見られないのだが、最近涙もろくなっている自分は二十四の瞳の映画を見ても多分泣くだろう、最近はアフガンの子どもたちのつぶらな瞳というやつも見てしまったし、何か重なるものがあって考えさせられてしまう。

さておなかも空いてきたし、川沿いの道を汗ばむくらいのスピードでスポーティに歩くのも、日ごろの運動不足の解消という散歩の効用でしょう。

このあたりは、周辺にコンクリートの共同住宅が立ち並んではいますが、蛇行する妙正寺川の上の空がとても広く、川の効用をとても感じさせるところであった。


蛇行する妙正寺川

 2002年2月

散歩人紹介
西山五右衛門(にしやまごえもん)
東京散歩人あるいは路地裏の散歩者を名乗っている。そもそも、まち歩きのきっかけは、10年ぐらい前に金属製のコンパクトカメラの冷たく重い感触にひかれて衝動買いしてしまって、何を撮ってよいか分らず、いろいろな町の住居表示を写して歩くことにしたことにはじまる。もとは山の帰りに地方都市を歩いていた。読書傾向はもっぱら日本志向で趣味は古社と秘湯それに・・・・・・・


第1回:寂聴さんが暮らした野方
第2回:中野長者が住んでいたまち
第3回:高村光太郎がひとりを生きた桃園
第4回:鷺宮の壷井栄とオリーブの緑
第5回:浅田次郎が描いた鍋横
第6回:芹沢光次良と中野の空襲