浅田次郎が描いた鍋横
「そうじゃない。いま鍋横にいるんだけど。オデオン座の前に。それがね〜どこも変わってないんだよ。交差点も。商店街も。圭三はとっくに駐車場になっているといってたんだけど。オデオン座がちゃんとあるんだ。合えるわけがないさ」<あらあら圭ちゃんかんちがいしたのかしらねえ。毎日車の送り迎えだから、そこいらのことはかえって知らないんじゃないの>
「ところが、おかしいのはどうやら俺の方らしいんだ。『キューポラのある街』を封切っていて、そう〜主演は吉永小百合と浜田光夫だよ」<そりゃおまえ、リバイバルだろう>
「ちがうんだ。入場料が二百五十円って書いてある」話しながら信次は事態を確認し、次第に興奮してきた。<落ち着いて。よおく見て。何かのまちがいだから。
浅田次郎 地下鉄に乗って 徳間文庫刊
地下鉄の階段を昇ると突然現れる青梅街道の夜景、オリンピックを前にした鍋横の街に出る。そこはちょうど都電の14番が廃止されて地下鉄が開通した時代である。このような時代をさかのぼるタイムトリップに、自分も参加したいものだと散歩人は想うものだ。そんなことを考えながら今日は中野駅から中野図書館のあるもみじ山公園を経て鍋横まで下ってきた。
鍋横の由来はといえば、青梅街道から堀の内の妙法寺に向かう参詣道が分岐していたこのあたりに、鍋屋という茶店があったからだそうで、今ごろの季節には梅がきれいであったと伝えられている。このごろ建物の建設による移転話が出ているお題目石には、是より堀の内江十八丁十間と、妙法寺までの距離が妙に細かく表示されている。
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お題目石の側面
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この道を、一日にどれほどの人が通ったものか想像がつかないが、昔は旅も散歩も信仰に名を借りないとままならないものだったらしい。早起きで寝ぼけたのか弁当のつもりが枕を抱えてやってくる、そそっかしい男が登場する堀の内という落語は、妙法寺詣での話だが、ちょうど環七あたりまでが江戸の人達の日帰り旅行圏であったのだろう。
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昭和37年都電13番
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鍋横の魅力はこれからつくり出すことを考えても「鍋屋横丁」という名に負うところが大きいのではないか。その名前は町名として採用されることもなく、地下鉄丸の内線の駅名ともならなかった。このような名前をダサいと思う時代があったのではないだろうか。地下鉄丸の内線に鍋屋横丁(都電の停留所は鍋屋横町)という駅があったなら京急の青物横丁とならぶ東京の二大横丁駅として何かと取り上げられたであろうに。
街道筋の似たような名前の町に三軒茶屋がある。こちらは町名にも駅名にもなっていることを見るにつけ残念な気がするが、町の条件も似ているので、再開発された中野坂上に連なる鍋横の将来を考えるについても三茶は何かと参考になるのではないか。

鍋屋横丁停留所 |
それから、せっかく鍋横にきたのだから何か食べたい、鍋横名物が欲しいものだ。たとえば、「今日は寒いから鍋横うどんを食べよう」とか。鍋では季節が限られるが人を集められる名物が欲しいものだ。さきごろ月島ではじめて「もんじゃ」体験をしたが、店があんなにも集積しているとは驚きでした。
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夕暮れの鍋横商店街
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地下鉄新中野駅
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オデオン座のあとはしばらく空き地になっていたが、いまはマンションがたっている。わざわざこの街に出かけて来る魅力のひとつとして映画館でもあったら良いのにと思った。中野には中央部に趣味性の強い武蔵野館があるが、北の野方や、南の鍋横に最近は流行の小さな映画館があって、散歩の途中に映画が見たくなってというのでも良い、ベストセラーを読むように、気軽に話題の映画が見られる街というのも良いものです。
さて、散歩はこのあとどこへ向かったらよいだろうか、青梅街道を東に向かって中野町役場のあった宝泉寺から中野坂上に出るコースも考えられるが、メトロに乗ってというのもいいが、区境にとらわれないのであれば、ここは十貫坂から古い道筋を選んで妙法寺を目指し、そのあと梅里あたりの寺町を訪ねるのが良いだろう。
ちなみに、浅田次郎の「地下鉄の乗って」は第十六回吉川英治文学新人賞を受賞した。その吉川英治の代表作「宮元武蔵 二天の巻」に次のようなシーンがある。
<甲州口の立場、柏木村から野に這入ったのである。十二所権現の丘から、十貫坂とよぶ藪坂を下りてからは、ほとんど、歩いても歩いても、同じような野であった。夏草の波のなかに、消え消えになる細い道であった。行くほどに松の丘があった。武蔵はそこの地相を見て、「伊織ここに住もう」と、いった>
2002年3月
散歩人紹介
西山五右衛門(にしやまごえもん) 東京散歩人あるいは路地裏の散歩者を名乗っている。そもそも、まち歩きのきっかけは、10年ぐらい前に金属製のコンパクトカメラの冷たく重い感触にひかれて衝動買いしてしまって、何を撮ってよいか分らず、いろいろな町の住居表示を写して歩くことにしたことにはじまる。もとは山の帰りに地方都市を歩いていた。読書傾向はもっぱら日本志向で趣味は古社と秘湯それに・・・・・・・
○バックナンバー
第1回:寂聴さんが暮らした野方
第2回:中野長者が住んでいたまち
第3回:高村光太郎がひとりを生きた桃園
第4回:鷺宮の壷井栄とオリーブの緑
第5回:浅田次郎が描いた鍋横
第6回:芹沢光次良と中野の空襲
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